社説 宙に浮く取引対策課報告書

 前号で伝えた通り、特定商取引法を所管する消費者庁取引対策課がまとめた報告書をめぐり、同庁が「釈明」に追われる事態となっている。理由は消費者系団体の猛反発。今後の消費者取引政策のあり方が、消費者保護からかけ離れた視点で提言されており、特商法改正の必要性を否定すると批判された。報告書の取り扱いについて、同庁長官は、消費者系団体等と「密にコミュニケーションを図りながら進めていきたい」と説明した。
 問題の報告書は、取引対策課前課長が自身の「懇談会」として立ち上げた「デジタル社会における消費取引研究会」によるもの。社会の急速なデジタル化が消費取引に与える影響等について経済的事象も踏まえて議論し、デジタル消費取引対策における政策のあり方を提言した。
 報告書の「結び」は、経済的事象を交えた議論は、過去の議論と「趣を異にし」たもので、「その一点をしても本研究会の意義は深(い)」「一里塚となって今後の消費者取引政策の転換をもたらすのであれば、まさに消費者政策の普遍化に繋がる」と大上段に構えた。
 研究会の議論の過程で、「日本経済の生産性を上げることは最重要課題」「規制のこうした側面にも気を払う必要がある」との意見があったことなども取り上げている。
 法規制の動きが浮上した場合、事業者側は、悪質事業者の排除を名目とする過剰な法規制によって「大多数の健全な会社が割を食う」と主張してきた。消費者行政に産業振興の視点を鼻から期待していない。これに対して、今回の報告書は、経済活動を妨げない「配慮」の必要性を考慮するかのような考え方に触れている。消費生活相談件数全体の推移と特商法の改正・執行件数には明らかな相関関係が認められず、効果が見られないともされた。これを特商法の「門番」である取引対策課がまとめたことはある意味、画期的だ。
 しかし、取引対策課の過去を振り返れば「奇怪」とも言える。10年前の特商法改正の議論では、同課長が不招請勧誘規制の検討を重要論点に持ち出した。及び腰だった販売預託商法規制は、最終的に原則禁止へ舵を切った。ほぼ政治案件と言えた「書面電子化」は、がちがちに要件を固め、規制緩和からほど遠い制度へ骨抜きにされた。
 前課長は、悪質なデジタル取引の取り締まりに特化した「デジタル班」を設置。現行法に基づく法執行に疎ではなかった。が、消費者取引政策の方向性について独自の観点をもち、結果的にこれが批判の的となった。
 前課長と、報告書の内容に肯定的な意見を述べていた前長官は揃って6月に退任。新課長と新長官は、今後の報告書の取り扱いに非常に慎重な姿勢を示している。当面は宙に浮くことになるだろう。

(2025年11月6日号)